雑談が苦手で人と話すことが苦痛だという方へ

雑談が難しい、雑談ができない、ということで人間関係の悩みを抱えている人がおられます。
実は、対人恐怖症の人の中には、雑談が苦手だと感じている人は多いのです。

 雑談が苦手だなーと感じる程度ではなく、人と会うと何を話していいのかわからないというストレスから、人と会うことが億劫になる、避けようとする、会った後から自分が話した内容が気になって仕方がない、というようなことを思うレベルまで来ると対人恐怖症であると言えます。

雑談は簡単なコミュニケーションではない

私自身は、さまざまな会話の中でも雑談は難しいと思っています。
どちらかというとコミュニケーションの中では、雑談は難しいと思います。
相手のとの間に共通の趣味や仕事のように随時共有している情報があれば、
それについて話を勧めることができますが、シチュエーションによっては何を話していいかわからないと感じることがあります。

また上司と部下、先輩と後輩、先生と生徒など、立場の違いが明確な上に、話の内容が指導であったり、教育という目的だった場合は、どのように振舞えばいいのかがある程度分かるので、雑談よりはコミュニケーションを取りやすいようです。

雑談が苦手な人は内向的

私は、社交的に振舞うことが大切だと思っていますが、基本的には内向的な性格なので、雑談を難しいと感じやすいと思います。
ちなみに内向的というのは引っ込み思案のことではなく、意識が自分の内面に向きやすいということです。
そして、外交的な人は意識が自分の外部に向きやすいため、アグレッシブに人とコミュニケーションを取るために行動が起こせるのです。

起業してから、経営者の交流会などでは、意識的にはじめてあった人とも話すようにしているので、会社員の頃よりは雑談力も身に着いたかなと思いますが、
雑談は難しいという意識は今も持っています。
しかし、私の経営者の友人には、知らない人ばかりの中でもどんどん話しかけて人脈を増やして行く人がいて、心からすごいなと感じることがあります。
その人は、とても外交的な人なので、積極的に空いている人を見つけて話しかけています。

ただ、雑談が苦手な人が、雑談が苦にならない人の真似をすることはおすすめしません。
一時的に真似をすることはできるかもしれませんが、それを続けていると心が疲れてしまうからです。

雑談の難しさと抵抗感

雑談が難しい理由はいろいろあるのですが、私が雑談が苦手だと言っている人達から感じるのは、『どんな話をすべきなのか』、『話をして相手に警戒されたり、引かれたらどうしよう』という不安感が強いということです。
『何か話さなければ』『つまらない話をしてはいけない』というプレッシャーで自分を追い込んでいる傾向があります。
そのため、何を話してもいい状況ほど負担を感じるのです。

お昼休みが苦痛な学生やOL

雑談が難しいと感じている人は、雑談を求められる状態に抵抗感を感じるので職場や学校などでお昼休みになるのが辛いようです。

学生なら、雑談をすることに抵抗感があるので、授業の合間の休み時間やお昼休みになると一人になれる場所に行って人と話す機会を回避している人もいます。
雑談が苦手な人からすると、取り留めない会話をして、話が途切れることなくコミュニケーションを取っている同世代の中に入っていくことに恐怖を感じることがあるようです。

OLの場合は、仕事中であれば仕事の依頼をしたり、依頼を受けたり、報告をするなど、他人と共通の内容の話が多いで、学生時代は人と話すことが難しかった人も仕事を通じてなら周囲の人とコミュニケーションが取れるという場合があります。
しかし、お昼休みになるとコミュニケーションが雑談になるので、話をすることが適切かを考えると何を話していいのかわからなくなるのです。

お昼休みを一緒にとる相手が上司なら仕事の話をしてくれるので、多少面倒だと思っても話を聞いてさえいれば終わると思うと気が楽だと思える人もいるようですが、同僚や部下となると何を話して良いのかわからないので、一緒に食事をすることが苦痛になるようです。

トイレに逃げ込む“便所飯”という現象

お昼休みに雑談をしながら昼食をとるのが苦手な人の中には、トイレに逃げ込むことによって誰かと食事をすることを回避する人もいるそうです。
この現象を“便所飯”というそうです。

普通はトイレで食事をする方が抵抗を感じると思いますが、雑談をすることが苦手な人にとっては、誰かと食事をするよりもトイレで食事をする方がましなようです。
それほど昼休みの食事の時間に同僚と何気ない会話をすることが苦痛なのです。

この記事を読んでおられる方の中には、便所飯を体験したことがある人もおられるかも知れません。
“便所飯”という方法を選択しなければならない状態は、他人と雑談することが辛いう状態もトイレで食事をしているという状態も他人に理解してもらえないという辛さがあると思います。

もしかしたら雑談恐怖症かもしれない

人と会話をすることが苦手だという自覚をがある上に、それを避けるために本来は誰もが嫌がりそうな状況を選択してまで、お昼休みの同僚や部下との食事を避けるのは、雑談恐怖症であるからかもしれません。

雑談恐怖症は、対人恐怖症の一種であり、本当は雑談をすること自体に恐怖を感じているのではなく、人に受け入れられるかどうかという強い不安を持っている人が、受け入れられないことへの恐怖を持っている状態です。

これは家族や親しい友人に対してよりも、職場の同僚や部下といった自分のことを認知しているが、特別親しいというわけではない関係の相手に対して抱く感覚です。

雑談恐怖症の人の特徴

雑談恐怖症の人は、他人といると何を話すことが正しいのか悩んでいるうちに何も話せなくなってしまうという特徴があり、自分が話したいことではなく、他人が何を聴きたいのだろうかということを考えてしまっています。

本来、雑談というのは適当なことを話しているようで、話をしながら他人がどんな話をしたいのかを感じ取り聞き手に回ったり、自分の話に興味を持っているようなら話し手に回ったりと、無意識に話をする主導権を譲りあっているのですが、雑談恐怖症の人は話をしながら話す内容が決まって行くという感覚を持っていません。
人が望む話をしなければと考え、それがわからないからこそ話し出し辛くなってしまっています。

また、沈黙を気まずく感じる人が多く、少しでも沈黙になると相手が自分との会話を面白くないと思っているのではないかと、頭の中が不安でいっぱいになります。
そのため、実際はほんのわずかな間の沈黙でも長く感じてしまう傾向があります。

沈黙しても話したいことがあれば相手が話し出すので、その場合は聴き役になれば
いいとは考えられていないようです。

雑談恐怖症の克服とカウンセリング

雑談恐怖症の克服は、決して雑談が上手くなることではありません。
カウンセリングでも、雑談が上手くなるということを目指すのではなく、会話をすることの抵抗感が低くなるようにアプローチをしていきます。

実際にカウンセリングに来られている方は、会話をすることが上手くなることで克服できているのではなく、上手く話す必要性がないことを理解すること、自分の思いを相手に伝えても良いということを実感できるようになることによって雑談恐怖症を克服できているという傾向があります。

雑談恐怖症を克服するには、まず自分の心の中にある人に嫌われるのではないかという不安、他人に受け入れられたいという思いを自覚することが大切です。
自分の中にそういう気持ちがあることを受容して、その上で他人との会話について考えていく必要があります。

コミュニケーションには、テクニックというものもあり、それを知ることも必要ですが、まず知るべきは自分の本心であり、望みです。
他人に嫌われたくない、実は人とと仲良くしたい、友達が欲しいという思いがあることは、決して恥ずかしいことではありません。

雑談恐怖症の方は、本人が思っているほど話が下手でもないし、つまらない話をしているわけでもないのですが、自分の素を見せることに抵抗があるばかりに上手く会話ができなくなっているケースが多いように感じます。

カウンセリングでは、自分の知らない一面に気づき、雑談恐怖症を克服できるようにカウンセラーが話を聴かせていただきます。