
「光熱費が払えないから払っておいて」
「お金がない、貸してほしい」
親もしくは子からそう泣きつかれ、断ろうとすると「冷たい」「育ててあげた恩を忘れたのか」「私のことが嫌いなんだ」と責め立てられる――
その場限り貸して済む話だといいのですが、たいていの場合は繰り返し続き、気が付けば毎月のように貸している。
それなのに断れず、お金を渡した後に自己嫌悪や後悔の念に苛まれていませんか?
「断ってしまうと自分が薄情な気がする…」
「もし断って相手の生活が完全に破綻したら自分のせいではないか」
そうやって思い悩み、葛藤を抱えてしまうのは当然です。
家族はとても大切な存在であるからこそ、求めには応じたくなるし、自分が何とかしなければという気持ちにもなります。
しかし、それによって思い悩み、自分を責めたり、家族間の仲がぎくしゃくしてしまうのはつらいものです。
この記事では、あなた自身の葛藤を見つめなおし、このループを断ち切るための心の回復についてお伝えしていきます。
相手の言葉によって罪悪感で支配されている状態
「冷たい」「薄情だ」
「嫌いなんだ」「どうでもいいんだ」
これらの言葉を投げかけられたとき、胸が強く締め付けられ、自分がひどい人間のように思えてしまう。
誰だって「悪者になりたくない」「大切な身内を傷つけたくない」という思いを無意識に持っていますからね。
大切な家族に「冷たい」「自分のことなんてどうでもいいんだ」と思わせてしまったことだけで十分につらい…
だから、一刻も早くその気持ちを払拭したいと思う。
結果として相手の要望通りお金を貸したり、支払いを代わりにしたりという行動に出てしまうわけです。
心理学の視点から見てみるとこのやり取りには明確な仕組みが存在します。
「貸して」と言ってくる相手は自分の浪費や計画性のなさによって生じたトラブルの責任を自分自身で引き受けることができていません。
そのため、あなたに「貸さないのは冷たい」と攻撃することで責任の所在をあなたにすり替えようとしているのです。
このように罪悪感を煽って相手をコントロールする手法を“罪悪感の操作”と呼びます。
「困ったときに助けてくれないような人は家族ではない」
「家族への気持ちよりもお金を大切にするんだ…」
など、もっともらしいことを掲げ、相手に罪悪感を植え付けるのです。
あなたが苦しんでいる罪悪感は相手の言動によって作り出されたものであり、本来はあなたが背負う必要のない感情だと言えます。
「貸して」と言ってくる相手が抱えているつらさ
端から見れば、お金を借りて好きなようにお金を使って、自由奔放に過ごしているように見えるかもしれません。
前述したように「貸さないのは冷たい」と攻撃することで責任の所在を”自分”から”家族の誰か”にすり替えています。
ただ、それほどまでに責任を自分自身で抱えておくことが困難な状態になっているのです。
どんなに出費しようと何を買おうとどこか満たされない気持ちもご本人にはあることでしょう。
ではなぜ浪費や無理な出費を続けてしまうのか。
物を買ったりお金を使う一瞬の刺激が、日頃のストレスや寂しさ、自分の人生への不安を紛らわせてくれている可能性があります。
浪費は”お金の使い方の問題”に見えて、実はつらい心の問題や感情の扱い方の問題であることばかり。
だからこそ、どんなに買い物をしても心が満たされることはなく、悪循環に陥ってしまうのです。
お金を貸し続けることでどうなってしまうのか
お金を貸すことで光熱費の支払いの滞納や家族間の摩擦など、その瞬間の困りごとは消えるでしょう。
しかし、頻繁に続くことで貸す側の気持ちは疲弊し、お金もどんどん減っていきます。
もしかすると、お金を貸せるように副業やアルバイトをしたり、趣味など自分のために使うはずのお金を制限しないといけなくなったりしているかもしれません。
そうして作り出したお金を貸すことで「貸して」と言う相手側の問題を肩代わりし、結果としてその浪費癖を長引かせているのです。
このように、問題を抱えている相手に対して手助けや支援をおこない、結果として相手の問題行動や症状を長引かせたり悪化させたりしてしまう人のことを「イネイブラー(支え手)」と呼びます。
イネイブラー(支え手)になってしまう人は、もちろん依存症や問題行動を長引かせようなんて思っていません。
むしろ誰よりも相手のことを思って、相手を苦しみから解放してあげたいと思っているはずです。
真面目で思いやりがあり、家族への責任感が強い人ほどイネイブラー(支え手)の役割を担わされてしまう傾向が見られます。
「断ったら関係が決定的に壊れてしまうかもしれない」
「家族を頼ってくれているうちは安心だし」
「私が見捨てたら、この人はどうなってしまうんだろう」
そう考えると、不安や恐怖で心が押しつぶされそうになりますよね。
お金を渡してしまうのは、決して相手の浪費を応援したいからではありません。
しかし、家族に「冷たい」「ひどい」と言われ、つらい気持ちになって相手への罪悪感が生じ、苦肉の策としてやらざるを得なかったというのが実態ではないでしょうか。
家族を支えたい気持ちは大切なあなたの気持ちです。
イネイブラー(支え手)ではなく、お互いのためになる支え方を考えていくようにしていきましょう。
お互いのためになる支え方には明確な「境界線」が必要
貸す側も貸してと要求する側も傷を深めることのない健全な関係を取り戻すためには、感情的なやり取りを避け、お互いの「境界線」を明確にしていくことが必要です。
「課題の分離」を取り入れる
心理学において「課題の分離」という考え方があります。
「その選択によって最終的にその結果の責任を負うのは誰か?」を整理することです。
以下のような形で相手の課題なのか、自分の課題なのかを考えて分類してみましょう。
- 家賃や公共料金が払えず止められること=相手の課題
- クレジット請求が滞納すること=相手の課題
- あなたの生活やお金、精神的平穏を守ること=自分の課題
他人の感情はコントロールできないものです。
相手が困らないようにと先回りしてしまう気持ちもとてもよくわかります。
ただ、本人がその困難を体験することによって、自分の生活に支障が出ないようにと考え、自分の人生そのものを大切にする考えが芽生えていくものです。
「課題の分離」は、相手が困ることは相手の課題だと線引きして放置すると考えれば、少し冷たい印象を持ってしまうかもしれません。
ここで以下の例を見てみてください。
例)子どもが転んでしまうかもしれない状況
【課題を奪ってしまう状態】
親が「転んだら可哀想だし、泣く姿を見たくない」と先回りして、転びそうな障害物を全部片付けたり、子どもを抱っこしたりして歩く。
一見やさしく見えますが、これでは子どもは以下のようなことを学ぶことができませんよね。
- 転んだときにどう立ち上がるか
- どう歩けば安全か
- 傷を負った時にはどうしたらいいか(周囲への助けの求め方)
親の都合(見たくない、悲しませたくない)で子どもをコントロールしている状態でもあると言えます。
つまり、課題の分離とは見捨てることではなく、相手の成長を信じ、自分が抱えるべき課題と向き合うということなのです。
この例での親の課題は「子どもの泣く姿を見たくないと思う自分の気持ちを整理すること」や「心配するよりも信じる気持ちを育むこと」などが挙げられます。
相手が体験した困難から立ち上がれるよう支援していくことも周囲の人が向き合うべき1つの課題かもしれません。
金銭の支援ではない支援を行う
「そんなに使ったのは何か理由があったのかな?」と相手の心の内を話してもらえるような問いかけをする。
相手を責めるような言い方にならないように気を付けてください。
責められていると思うと人は防衛の意識が働き、心を閉ざしてしまいやすいですからね。
現実的な対応を一緒に考えたりインターネットで調べたりすることを一緒に取り組むなども支援の一つとなります。
現実的に寄り添う支援
- 法テラスや弁護士の債務相談に一緒に行く
- 自治体の生活困窮者自立支援窓口など一緒に調べる
- 精神科やギャンブル/買い物依存症の専門外来の予約を一緒にとる(付き添う)
代わりにやるのではなく「一緒に」やることがポイントです。
これはあくまでもあなたの課題であって、それをサポートしているだけだというスタンスで取り組みましょう。
心に寄り添う支援
浪費行動の奥にある感情に意識を向けて声をかける
根底には、「自分は誰にも認められていない」という劣等感や、孤独感、愛情への飢えが隠れていることが少なくありません。
お金を渡すのではなく「何か寂しいことや辛いことがあったの?」と気持ちに寄り添っていきましょう。
相手が話し始めた内容に対しては否定的なことは言わず、ただただ気持ちに寄り添うようにしてください。
ここで「だからと言ってそれはダメだわ」「そんなことのために?」など否定するとせっかく開いた心を一生閉ざすことになってしまう可能性がありますからね。
日常のささやかな時間や体験を一緒に感じる
お金をかけずとも得られる心地よさを一緒に体験し、心を回復させていきます。
日常の何気ない時間に「こうやって話せる人が身近にいるって幸せだなぁ」「私にとってはこの時間がとても大切だよ」と伝えて共有していきましょう。
”お金を貸さないこと=相手を見捨てる”ではありません。
むしろ「お金」という間違った道具で埋めようとしていた相手の心の穴に適切な関わりや温かい時間で繋がるための一歩を踏み出すきっかけになるのです。
専門家に相談して適切な支えをカウンセリングで
「このままではだめだ…と思うけどどうしていいか分からない」
そんなお気持ちがおありかと思います。
この問題には専門家の介入が必要不可欠です。
当事者同士での解決は難しい
家族間には、これまでの歴史や情が存在し、
「今までお世話になった(世話をしてきた)から…」
「過去に苦労をかけた申し訳なさ(かけられた反抗心)があるから…」
といった気持ちがどうしても判断を鈍らせます。
家族間だけでこの問題を解決しようとすると感情的な泥沼へと発展してしまいかねない。
だからこそ、客観的な視点を持つ専門家(第三者)を介入させることが不可欠なのです。
自分を変えて相手のコントロールから抜け出す
「問題を抱えているのは浪費している身内なのになぜ被害者である自分がカウンセリングを受けないといけないのか?」と思われるかもしれません。
しかし、長年ターゲットにされ、罪悪感に苛まれながら心身をすり減らしてきたあなた自身こそ、専門的なケアを必要としています。
相手の行動や性格を変えることはできません。
他人の行動をコントロールすることは不可能だからです。
ですが、「相手からのコントロールに応じない自分」「適切な境界線を保てる自分」へ変わることは、これからでもできます。
いくら身内であっても、相手がつくった借金や支払いの責任をあなたが一生背負い続ける義務はありません。
断った後に押し寄せる罪悪感や葛藤を一人だけで抱え続ける必要はありません。
まずはご相談ください。













