こんにちは。AXIAの蔵野です。

次の記事で回避依存症の記事を書くと言いながら、ゴールデンウィーク
の期間のお休みのご案内や、Twitterアカウントのご紹介で2回飛んで
しまいました。申し訳ありません…。

 

今回は、回避依存症の記事に戻ります。

 

知ってほしくない自分を知られることが嫌

 

これまでの記事でも紹介したように、回避依存症の人は自分を知られる
ことを恐れています。
自分自身が「人に見せても大丈夫」だと思える自分、というものがあり、
そうでない自分の一面を、他人は受け入れてくれないのではという考えを
持っています。そんな自分を知っても、人が離れていかないと思うことが
難しいのです。

 

回避依存症の人は自分の考えを相手に伝えることを苦手とする人達です。
「こういったことは嫌いなんだ」というような、自分の情報になるものを
人に話さないため、当然、そういったことを知らないまま当人と関わる
人は多くなります。
すると、本人が踏み込んでほしくない部分に悪気無く入ってこられることも
少なくないのです。
そのため、人との距離を縮めるということは、友人にしろ、恋愛にしろ、
ちょっとしたことでも回避依存症者にとって居心地の悪い時間となって
しまったりします。

 

たとえば意中の人と出掛ける機会があったとしても、自分の深い部分を
知られそうになったことで不快に感じてしまうと、“その人と過ごす時間”
というものに対し、居心地の悪さやもう一度出掛けてみたいと感じられない
という印象が強くなってしまうことも多いようです。

また、実際に相手に嫌われたり受け入れてもらえなかったりといった経験が
なくても「人が離れていかない」という思いをもっています。
見せたくない自分を知られないようにすることを貫いているため、
ありのままの自分を見せたことがないからこそ、成功例がないのと同様に
失敗例もないのです。つまり、これまで必死に「知られたくない」と守って
きた自分の一面が人に受け入れてもらえないものであると考えているのは、
経験上からの恐怖感というよりも、簡単に言えば思い込みが大きいということ
が言えるでしょう。

 

「やはり受け入れてもらえないのだ」となった時のことを考え、傷付くことを
避けたいという思いから、深くを知られないで済む距離を保っていたくなって
しまうのが回避依存症ですが、恋愛をはじめ、あらゆる人間関係の築き方を
変化させていこうとするなら、まずは自分自身が何を怖がっていて、その恐怖や
不安は本当に抱いておかないといけないものかを正しく整理し直すことが必要
です。