村八分という言葉がありますが、日本は小規模なコミュニティーの輪を乱す人のことを否定し、
排除するという現象がさまざまな形で見られます。
それは、利害関係の薄まる、もしくはなくなる大規模な観点、いわゆる一般常識という観点から
見た時に正しい思考を持ち、正しい行動をしていたとしても利害関係を共有する小規模なコミュニ
ティーでは、その人の思考や行動は否定され排除される対象となってしまいます。

このブログを読んで頂いている方の中にも、過去にそのような目にあった体験があるという人は
おられるのではないでしょうか。

 

 

村八分という言葉は、村社会からの排除を意味しますが、世の中にはさまざまな形の村社会が
存在しています。
地域の自治会、習い事教室、ママ友仲間、学校のクラス、部活動、職場、スポーツの協会
などです。

このような村社会には、序列構造があり、建設的ではない秩序があり、序列構造の上の者に
権益が偏るようになっていて、それを守るために少数派の建設的、発展的な意見は受け入れ
られなかったり、長いものには巻かれようとする短絡な損得勘定で行動する人がいる。
さらに常にその村社会の中で攻撃対象を作り、その対象を攻撃したり、のけ者にすること
によって秩序を保とうとする行動が対象を変えながら続いています。

建設的、発展的な考え方を持った人が村社会の中にいると、自分の考え方がおかしいの
ではないかと悩むことになり、窮屈で息苦しい感覚を持つようになります。

 

 

カウンセリングをしていると、村社会の中でコミュニティが抱える歪さや矛盾に気づいて
いる人が相談に来られているということを感じます。

カウンセラーは、村社会の中で苦しんでいる人が相談できる存在であること、その人が疲弊
した精神力を回復して、自分にとって望ましい決断ができるように援助することが求められる
と感じています。

 

 

 

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